2016千歳JAL国際マラソン

2016年06月04日-06月06日(土曜日&月曜日:晴れ)


2016千歳JAL国際マラソン


s_2016chitose01.png

■また今年も千歳JAL国際マラソンの季節がやって来ました。昨年は前日の土曜日に千歳に入り、千歳駅近くのホテルに泊まりましたが、あまりの寒さに震え上がりました。

 風邪をひいたのかと、翌日の競技に参加しないで棄権しようかと本気で思いました。Takuと二人で居酒屋で一杯やりながら、散々心配したのを昨日のことのように思い出しました。

画像の説明

 スタート前の準備運動をするランナーのみなさん。ミズナラの巨木に天を見上げていました。


 今年は千歳に宿が取れなかったので、札幌駅の南口前にあるホテルを取りました。前夜は隣にある、「北の猿」という居酒屋で前夜祭を挙行。本当は大会前数日は、カーボローディングといって、ご飯やうどんやお好み焼きといった炭水化物を主に摂取して、グリコーゲンの蓄積を促し、エネルギー源を補給するのが定石です。

 でもSunとTakuと三人で来ていますから、そこまで肩肘を張らなくても、神様も見放すようなことはしない、という前提での前夜祭でした。

(●^o^●)

 札幌駅から千歳駅までは、30分ほどかかりますから、朝一番で朝食を取り、その足でJR線に飛び乗りました。

 千歳駅に着くとランナーたちが長蛇の列。バスを待つ列は結構な長さでした。
 
 千歳マラソンでは、前もってゼッケンなどを配布してくれませんので、当日会場へ行って引換券を渡してゼッケンや記録のチップ、そして参加賞を貰う必要があります。

 


画像の説明

 スタートラインに続々と集まるランナーたち。青葉公園は新緑が眩しい最高の季節です。昨日までは寒くて風も強く、今日の好天はウソのようだ、とはある方のお話でした。

 ただスタートするまでは曇り空で、青空もチラホラでした。


 さてスタートの号砲の前に、ゲストランナーの谷川真理さんが、ちょっと長めのご挨拶をされていました。タイムを考慮して後ろで並んでいた私には、正直何を話しているのか、さっぱり分かりませんでした。

 Takuは私よりずっと前に行ったと思っていたのですが、実際は大して前には進めなかったようです。

 号砲とともに一斉にスタート。私がスタートラインを超えるには、3分ぐらいはかかったでしょうか。コースは、少し窮屈なほどの広さしかありませんので、急ぐ人には煩わしかったに違いありません。もちろん、私にはあまり関係ありませんでした。自分のペースを守るだけですから。 


画像の説明

青葉公園内を流れる清流。18キロ付近でしょうか。しばし心洗われる瞬間です。


画像の説明

カヌーでしょうか。川遊びを楽しむ人々。


 昨年は大過なく走り切った、という記憶しかないのですが、今年はそうは行きませんでした。折り返し点を過ぎ、13キロ辺りから再度上り坂に切り替わります。これが結構きついのです。

 折り返しの10.4Km で一度下りになるのですが、そのあとすぐに、上りとなり最高地点は、90メートルほどになります。フルマラソンでは、さらに上り坂が続き、最高点は倍の180メートルになりますから、今の私の実力では大変です。

 今年は、この13キロ辺りから持病の右膝痛が起こり始めました。青葉公園をいったん出て、道路沿いを走るコースになります。そこで痛みがひどくなりました。15キロの給水地点を前にして、我慢できずにいったん止まって屈伸運動を繰り返しました。

 この症状には、屈伸運動が一時的にしろよく効くことを経験的に知っているのです。そして今回も一時的にしろ、よく効きました。そして15キロの給水地点に到着しました。

 今回は地元の整体院学校の有志の皆さんが、ボランティアで無料の治療をしてくれていました。思い切って受けてみることにしました。ところが屈伸運動をして、一時的にしろ症状が消失していたのが問題でした。

 つまりはどこが痛いのか、どこが問題なのか、それがはっきりしなくなってしまったのです。症状のはっきりしない患者ほど診察するのが大変なのは、毎日仕事をしていてよく知っています。

(●^o^●)

 いろいろ親切に診察してくれるのですが、結局は要領を得ない、困った患者でした。お腹を見せたり(ツボがそこにあるそうです)、足首をみせたり、膝以外の場所を、詳しく診てヒップ・エレキバンのようなものを、何箇所も貼ってくれました。感謝、感謝ですが、あまり効果はなかったようです。5分ほどタイムをロスしましたが、ここは感謝するしかありません。

 15キロからは膝痛との戦いでした。当初は効いていた屈伸運動も、やがては効果がなくなります。100メートルもすると痛くて脚を引きずる様にしてしか、前に進めなくなります。本当に辛いのです。

 どうしたら痛みのない走り方ができるか、ああでもない、こうでもない、といろいろ試すのですが、結局は痛いのです。痛み止めを持ってこなかったことと、膝のサポーターを装着しなかったことを後悔しました。でも後悔先に立たず、です。 

 20キロを過ぎて最後の川沿いの道を走りました。そしてゴールへ向かう橋の手前でTakuが待っていてくれました。そして「お父さん、もうすぐゴールだよ。頑張って」と応援してくれたのです。
 
 これまで何十回も沿道から応援してもらいました。どれも有り難かったのですが、今回ほど力をもらったことはありませんでした。ゴールまであと200メートルほどだということが分かっていたことも、当然ありましたが、何よりTakuに直接励ましてもらったことが、これほど力になるとは思いませんでした。急にターボエンジンが掛かったようになりました。

(●^o^●)



画像の説明

これからスタートする種目もあるのです。子ども達が大勢集まっていました。





画像の説明

走り終えた日曜日に泊まったのは、支笏湖温泉 ホテル 水の謌。




画像の説明

 月曜日の朝、いつものように三人で支笏湖畔を散策しました。

 ホテルの前に広がる広場で昨年と同じ椅子に座りました。


画像の説明

 月曜日の朝、いつものように三人で支笏湖畔を散策しました。当初は霧で支笏湖を囲むようにして見える山々が全然見えませんでした。

 やがて霧も晴れ、美しい湖面とともに青空が空いっぱいに広がりました。


 こうして今年の挑戦も終わりを告げました。右膝痛に再度苦しめられた、という点を除けば、最高の週末でした。昨年よりも一分でも所要時間を短縮しようと望みましたが、残念ながら昨年よりも時間が掛かっていまいました。

 それでも楽しい一時でした。あれだけ痛くて苦しい時間帯があったのに、人間というのは脳天気にできているものです。忘れてしまうのですね。だから生きていけるのでしょう。辛かったこと、苦しかったことが、顔のシミのように消えないとしたら、人生は悲惨なものに違いありません。

 脳天気なのは、たぶん私だけではないはずです。それで良いのです。また挑戦すれば良いのです。Takuは昨年よりもタイムを縮めて努力の跡が、はっきり分かったようです。これは凄いことです。

 もともと力があったのでしょうし、性が合う、というのでしょうか。Takuには私にない才能があるのでしょう。私などは長距離走は駄目だ、と若い頃からずっと信じ続けてきました。それが還暦を前にしてフルマラソンを完走しようというのですから、どう見ても、年寄りの冷や水です。

 親子揃って走ることができるということの幸せを感じながら自宅に戻りました。

 7月30日の釧路湿原マラソンを走ろう、とTakuと一緒に計画していたのですが、今年はロータリークラブの会長を仰せつかってしまい、皆さんと花火見物をする予定が入ってしまいました。会長がいないのでは話になりませんので、Takuに訳を話して来年に延期しました。

 来年は、千歳マラソンのハーフと釧路マラソンの 30Km を予定しています。実現したら最高ですね。それを楽しみに、また練習を積み上げていきましょう。目標があれば辛い鍛錬も何のそのです。

(●^o^●)