2014横浜の街をマラニック

2014年月07 月06日 (日曜日:曇)横浜の街をマラニック


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■昨日は茅ヶ崎の施設に入所している母を、三人で見舞った後に、鶴見駅近くのビジネスホテルに向かいました。昨夜はTakuと、色々話し込みました。一次試験が終わって一段落ですが、まだまだこれからです。応援するしかありません。

 まぁ、そうして話し込む度に自分の子ども達が、自分の知らない所で学び、成長していることを知ることは、とても嬉しいものです。Takuの場合は、自分とは全く異なる世界での話ですので、自分には理解できないことも多いのですが、それだけに我が息子が、困難な状況で逞しく戦っていることに、大きな誇りを覚えるのです。ぜひとも夢を叶えてやりたいものです。

■さて朝の7時に起きて、朝食を取り電車に乗りました。桜木町までJR線に乗って行きました。横浜みなとみらいスポーツパークに行くためです。横浜マリノスの下部組織、つまりはジュニアを育成するための施設である、マリノスタウンに隣接して、その施設はありました。

 ネットで場所は調べてあったのですが、パシフィコ横浜からは結構ありました。学会に出席するためにパシフィコ横浜には何度も行っていたので、難なく着けるはずだ、と高を括っていたのですが、途中で不安になってランナーの一人に尋ねてしまいました。

 横浜高速鉄道みなとみらい線の新高島駅から歩いて5分ほどのところでした。ただし、これは帰りに分かったことですが。

 横浜みなとみらいスポーツパークにようやく到着し、受け付けでカードを作ってもらいました。事前に身分証明書が必要だ、ということは調べておきましたので、ランニング中倒れた時のために健康保険証は、いつも持参していましたので、それでカードを作ってもらいました。使用料 400 円でした。

 ロッカー室に入ってみると、さすがに広々していて、日比谷や有楽町にあるランニングステーションのような狭苦しさはありません。奥にはシャワー室が6人分ほどでしょうか、ゆったりと作ってあり、これは走り終わった後、ゆっくりと出来そうだ、と思っていたのですが、これには落ちがあるのです。

■さて、こうして走りだしたのが、9時15分ごろでした。まずは海に向かって走りコースなりに進むとパシフィコ横浜の裏手に出ました。ランナーが途切れることがありませんので、迷うことはありませんでした。やはり人気のコースなのですね。パシフィコ横浜を裏側から見たのは、始めてでした。浜辺があって、マットを広げてワイングラスを傾けながら二人で話し込んでいるカップルがいましたが、なかなかいい感じの光景でした。

 ところが、ここで最初のアクシデント。赤レンガ倉庫群のある場所で、写真を撮ろうとした時です。スマホ本体の温度が上昇してしまいカメラが起動できません、という警告メッセージが出たきり、写真が撮れなくなってしまったのです。

 最初は何が起きたのか理解が出来なくて、何度もカメラを起動させようと思ったのですが、何度やっても同じ事の繰り返し。ようやく諦めて、再び走り始めました。これで今日は写真が撮れないのか、とデジカメを持って来なかったことを後悔しました。

 こうして最初の目標地点、山下公園に辿り着きました。以前、TakuとSunと三人で歩いた道です。ここまで4キロほどでした。しばらく行くと、ホテル・ニューグランドが見えてきました。「1927年の開業当時から、皇族、イギリス王族などの賓客や、チャーリー・チャップリン、ジョージ・ハーマン・ルースなど著名人も多数来訪し、ダグラス・マッカーサーは1937年に新婚旅行の帰路、1945年にSCAPとして来日直後、それぞれ滞在している」と、ありますから、やはり横浜の顔の一つであることは間違いありません。

 1945年(昭和20年)8月14日に日本政府が受諾通告したポツダム宣言では、日本を占領する組織はoccupying forces of the Allies(「聯合国ノ占領軍」、ポツダム宣言12条)と表現されている。

 続いて、同年9月2日に締結された降伏文書の中では、日本政府はSupreme Commander for the Allied Powers(「聯合国最高司令官」)の指示に従うこととされ、同時に出された降伏文書調印に関する詔書も、「聯合国最高司令官」の指示に従うべきことを表明している。

 この後も、日本の法令の中では、「聯合国最高司令官」(連合国最高司令官)と表記されることが多い。また、連合国最高司令官の下に属する組織は、英語表記によればGeneral Headquarters, the Supreme Commander for the Allied Powers (GHQ/SCAP) である。これは、「連合国最高司令官総司令部」あるいは「連合国総司令部」と日本語訳され、日本ではGHQ(ジー・エイチ・キュー)という略称で呼ばれることも多い[1]。

 もっとも、Supreme Commander for the Allied Powersは直訳すれば「連合国軍最高司令官」であり、General Headquarters, the Supreme Commander for the Allied Powersは「総司令部、連合国軍最高司令官」または「連合国軍最高司令官総司令部」となる。このため、連合国最高司令官は「連合国軍最高司令官」、連合国最高司令官総司令部は「連合国軍最高司令官総司令部」、「連合国軍総司令部」と呼ばれることも多い


 不勉強で、SCAPなる言葉は初めて知りましたが、ここで言いたいのは、マッカーサーが戦前新婚旅行の途中で滞在し、連合国軍最高司令官として後日再来日している。しかも、その場所がこの横浜ホテル・ニューグランドだった、という因縁です。

 そのあたりは以前読んだ、以下の本が思い出されます。それにしても、あの厚木飛行場に降り立ったマッカーサーが 65 歳だったとは驚くばかりです。

■マッカーサーの二千日

 ダグラス・マッカーサー、日本に進駐したとき既に六十五歳。余人ならば退役の身でありながら、占領下日本に君臨した男。連合国軍最高司令官の謎に満ちた個性とは何か。

 マッカーサーだからこそ成功した占領と民主化、そして日本人であったからこそ抱きしめた敗北―戦後史に新しい光を当てた著者渾身の力作。

発行: 1974年
著者: 袖井林二郎


 何とかその写真を撮りたくて、もう一度試しました。やはりカメラが起動しません。そこで取り付けてあったスマホのカバーを取り外してみました。傷が付かないようにするために取り付けたカバーです。ランニング用のポーチに入れて走っていますので、両方が合わさって本体の温度が上がっていたようです。確かにカバーを外してみると、結構本体が熱くなっているのが分かりました。外してみると、すんなりとカメラが起動して写真が撮れるようになりました。

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 横浜ホテル・ニューグランドです。横浜開港 155 周年になるようです。やはり異文化の窓口として歴史のある横浜には、他の街には無い魅力が溢れています。

 ここから、その街並みに向かって走るわけです。


 さてここから、どういうコースを取るかがまずは思案の第一ポイントです。港のみえる丘公園に行くことは決めていたのですが、どの道を行くか。以前辿ったように途中から急峻な階段を一気に駆け上がるか、道路に沿ってなだらかに登って行くかです。今回は階段を選びました。
 
 走れば、ものの2分ほどで公園に到着しました。みなとみらいスポーツパークから港の見える丘公園までは、6.2 キロとあります。横浜ベイブリッジが眼下に見える最高の見晴らしです。しばらく見晴らしを楽しんだあとで、公園内をぶらぶらしました。以前Takuと訪れた、「大佛次郎記念館」も久しぶりに見ました。

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港の見える丘公園から見た横浜ベイブリッジです。

こちらは、大佛次郎記念館です。天皇の世紀を第一巻だけ読みましたが、めげました。いつか全冊読みたいものです。
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港の見える丘公園から見た横浜ベイブリッジです。


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 こちらは、大佛次郎記念館です。天皇の世紀を第一巻だけ読みましたが、めげました。いつか全冊読みたいものです。


 ここからです。ここまでは何度も歩いた経験があるので安心でしたが、ここからは未定の状態で来ました。とりあえずは、フェリス女学院を目指してスタートです。金哲彦コーチのNHK番組、「三ヶ月で走るフルマラソン」という番組の第七回目が、「マラニックを楽しもう」という題で、横浜のこの辺りを四人で走っていました。それに習おうと思って来ました。

 「港の見える丘公園の前から尾根を伝って西に延びる山手本通りは両脇にさまざまな洋館が並び、それらを訪ねての「洋館巡り」などは代表的な横浜観光のひとつとして人気を集めている」と記載のある、山手本通りに沿って走りを再開しました。目的地は番組の中での終着点、根岸森林公園です。

 そこまでが辛い道のりでした。走ったことがないので、どの程度の距離があるのか、さっぱり見当がつかなかったからです。何か延々と上り坂が続くような気がします。調べてみると、港の見える丘公園から根岸森林公園までは、3.8 キロとあります。思った以上に遠くに感じました。始めての道は、そう感じます。

 ということは、みなとみらいスポーツパークから根岸森林公園までが、ちょうど 10 キロほど、ということです。長く感じました。


 途中には、様々な見どころがあります。外人墓地。山手資料館。そして公衆電話ですら、趣があるのです。自働電話、と書いてありました。





 根岸森林公園に到着しました。「3ヶ月で走るフルマラソン」の第7回目の放送は、「マラニックを楽しもう」でした。横浜の街を走り、この根岸森林公園が終着点でした。

 日本で最初の競馬場跡だそうです。広々とした園内には、爽やかな風が吹き抜けていました。園内を走る人、家族で過ごす人。様々な人々が憩う場所のようです。

 私も園内を半周走って、そのまま帰路に着きました。同じ道を戻るのではつまりませんので、途中で急な階段を降りて幹線道路へ出ました。降りてから撮った写真ですが、いかに急峻な坂かお分かりいただけると思います。











 中華街には家族で何度か来たことがあります。でもお腹をすかせた観光客の中を縫うようにして走り抜けるのは初めてです。「3ヶ月で走るフルマラソン」の第7回目の放送で出てきた、四人分はあろうかという巨大な豚まんのお店もありました。さすがに食べる気はしませんでした。 





 中華街を抜けて、はたと迷いました。どの道を行けば山下公園までたどり着けるのか。少し道に迷ったようです。道行く人に尋ねました。そんなことで時間を無駄にしました。帰りの時間を考えると、そろそろ戻らないといけません。まもなく、お昼です。

 今夜は鶴ちゃんご夫婦と夕食会です。その前に、ニューウェルサンピア沼津へSunと二人でお風呂に行かなければなりません。各駅停車でのんびり帰ると、一時間50分程度かかります。

 そんなことを考えていると、ちょうどみなとみらい線の日本大通り駅がありました。無理をせずに駅の階段を降りました。馬車道駅、みなとみらい駅、そして新高島駅です。出発点のみなとみらいスポーツパークの最寄り駅は、新高島駅なのです。思い切って電車に乗りました。ただし電車が、どちらへ向かっているのかの判断がつきませんでした。同乗した男性に尋ねました。本当に分かりにくいのです。元町・中華街駅が反対方向です。この電車は横浜へ行きますか、と確認しました。きっと、田舎者だなぁ、と思ったに違いありません。確かに田舎者です。

(●^o^●)

 こうしてようやく出発点まで無事に戻ることが出来ました。3時間が経過していました。


 こうして、ようやくロッカールームまで辿り着きました。さっそくシャワーの準備をしました。広々とした部屋ですし、使用する人も私だけ。通常のランニングショップでは、大会の後ということもありますが、押すな押すなの大混雑が普通です。シャワーは並んで待つのが当たり前。ですから今日のように利用者が自分一人というのは、逆に不安になったりするから人間の心理は不思議です。

 裸になってビニールカーテンを開けてシャーワールームに入ったまでは良かったのですが、入ってびっくり。まずはコインシャワーだったのです。100円で5分間。なるほどホームページには、そのように記載があることを家に帰って確認しました。

 通常はコインは最低限しか持たずに走りに出かけます。コインの分だけ重量が増えるのが嫌なのです。

(●^o^●)

 実際にはスイカがあればコインは必要ないのです。走り出す前に、なけなしの100円玉を使ってバランス飲料を今回は購入してしまいました。慌てました。ロッカールームに戻って裸のままで、リュックやランニングポーチの中に手を入れて100円玉を急いで探しました。もし見つからなければ、もう一度衣服を着直して千円札を崩すために受付に行かなければなりません。汗だくですので早くシャワーを浴びたいのです。

 捨てる神あれば拾う神あり、とはよく言ったものです。ポーチのドリンクを入れる袋の中に100円玉が二個だけ残っていました。ラッキーでした。神はまだ私を見捨ててはいないのです。

(●^o^●)

 ただし石鹸が置いてありませんでした。どこのランニングショップでもシャワー室にはボディーソープが置いてあります。そのつもりでいたらダメでした。結局のところは費用対効果でいけば、民間のランニングショップでロッカーとシャワーを借りた方が割安でした。でも文句を言ったら罰が当たります。感謝、感謝です。

 こうして初めての一人でのマラニックは、無事に終わりました。テレビの番組のように、途中で豚まんを食べたり菓子パンを食べたりはしませんでした。そんな気にもなりませんでした。

 新高島駅前のコンビニでコーヒー牛乳 500 ml と菓子パン一個を買って、急いでプラットフォームに向かいました。電車に乗って横浜駅に向かったのが、12時40分。横浜駅から東海道線に乗って家路を急ぎました。

 13時1分に片浜駅に着いて、迎えに来てくれたSunと二人で、そのままニューウェルサンピア沼津へ向かいました。ゆっくりとお風呂に入るためです。最高の贅沢です。感謝、感謝です。

 こうして長かった昼の部も、ようやく終わりを告げました。正直楽しい一日でした。初めての試みでしたし、知らない道を一人で走るのは、あまり気乗りのしない事でしたが、試してみると、やはり横浜は魅力的な街でした。もう一度来て、次回は最後まで走り通せば 3 時間以上は走ることになりますので、良いトレーニングになりそうです。以前でしたら、あのパシフィコ横浜から根岸森林公園まで走ろうなどとは思いもしなかったに違いありません。走ろうと思うだけでも自分としては大した進歩です。積み重ねの成果です。いま、この瞬間をダンスを踊るように生きるという意味が、少しわかりかけてきた気がします。岸見一郎先生に感謝です。

 何とか今年中にフルマラソンに挑戦しようと計画中です。

 あとは鶴ちゃん夫婦との快気祝いです。我ながら、本当にご苦労様でした。

(●^o^●)